双子とわたし、ときどき夫

双子育児(2016/9)と、ときどき夫 そんな生活。育児のこととか、日記とか。日々の暮らし。

『普通』に憧れる話 3

こんにちは!フジセイです。

 

昨日からダークサイドで

お送りしております、当ブログ。

本人は、いたって元気にしております。

病んでるとか、悩んでるとか、

困ってるとか、そういうのではなく。

気持ちが暗い、とかもなく。

元気に陽気に過ごしています。

 

フォロワーさんがかけてくれた言葉が

ズバリやなーって思って。

 

『語ることが出来る』ということは、
消化しつつある出来事。って。

 

 

カブトムシとか、チョウチョとか、

セミもそうだけど、

さなぎになると、その中で

どろどろになってるっていうじゃないですか。

 

今、そんな感じなのかなって。

 

どろどろしたものを

新しい形にしていってるのかなって。

 

 

それに、こうやって、ブログで書いて

暗いですよって言ってても、

読んでくれて、

いいね!ってしてくれたり、

はてなスターをポチポチしてくれたり、

読んでくれてる方たち、

どんだけ、どんだけ、いい人たちなの?!って。

(ほぼほぼ、間違いないと確信してる。)

読んでくれない人が悪いという意味ではなく、

読みたくないものは、無理に読む必要はないし、

全然悪くない!!!むしろ、わかるもんね。

 

 

なんか、それで

「聞いたよ」って、言ってもらえた気がして

今まで抱えてたモヤモヤしたものが

昇華していってるような気がして。

ありがとう、ありがとうって。

もう、感謝しかなくて。

ほんとに、ありがとうございます。

 

それから、わたし、

すごい、ダークな気持ちを綴っていますが

親を恨んだり、後悔したり、

逃げ出したいって、思ったことはないんです。

あまり、深く考えずにいたからなのか、

全ての出来事が今に繋がってると思ってるからか、

恨んだところでしょうがないって

諦めてるのか、、、

それは、うーん、わかりませんが。

 

ひとつ、はっきりしたのは、

切り離そうとしている自分。

 

 

どうなるかは、わかりませんが。

身をゆだねて、流れるままに。

 

 

 

 

今、思えば

いつもわたしは

家族なのに、「蚊帳の外」感をもって

いたんだと思います。

 

昨日書いた、母の家出のときもそう。

 

わたしは、引越しを4度しているのですが、

1度目は、小学3年生のとき。

わたしと兄以外の家族は、

先に引越し先へ転居してしまい、

数ヶ月間わたしはおばあちゃんたちと

生活していました。

兄は高校生だったし、

受験もあるから仕方ないとして、、

 

小学2年生を置いていきますか?!って話。

いや、お父さん、いい大人なんだから

数ヶ月くらいどうにでもなるでしょう!!!

っていう話。

 

数ヶ月後、迎えに来てもらうんだけど、

そのとき、見慣れない犬が!

 

え?今まで飼ってた犬は?!

 

 

 

いなくなったらしい。

盗まれたのか、逃げたのか、

よくわからないんだけど、

え?その数ヶ月の間に新しい犬飼う?!

 

もう、全然話についていけない。

もともとすごい頭の弱い子なので、

全然理解できず。笑

 

 

両親が離婚するときもそう。

「子供は関係ない」 ってスタンス。

そりゃ、夫婦の問題なんかもしらんけど、

家族全体に関わってくるでしょうよ!って、

思うけど。いつの間にか離婚していました。

小学6年生のとき。

母は、

「離婚しただけだよ!」

って、言ってたんだけど、

未だに、未だに、『だけ』じゃないやろ!

って思ってるし。

 

おじいちゃんが亡くなった。

わたし、高校生1年生の夏。

おばあちゃんから、帰ってきて欲しいと。

おばあちゃんは、父方なんですね。

離婚してるのに?

え?なんで一緒に帰るの?

え?そもそも、わたし高校、

この前受かったばっかりなんだけど??!

これまでの受験勉強の意味???!って。

 

もう、このときも全然理解できなかった。

 

 

わたし、工業高校のデザイン科だったんですが、

そんな学科が、帰った先の高校に

あるはずもなく。

しかも、工業高校からの編入ってことで

だいたいの公立高校(普通科)に断られ。

そもそも学校数自体が少ない。田舎だから。

なんとか、ひろってくれた高校へ

無事編入できたけど。

 

兄は高校生のとき、編入せずに

残る道が選択できたのに、

わたしには、そんな選択肢はなかった。

 

無事編入でき、

おばあちゃんのうちで生活始めたんです。

 

 

でも、また夫婦喧嘩がひどくって、

結局、母とわたしたち姉妹(兄は大学進学していた)

家を出るんです。

ほんとに、なんで帰ったんや。

 

 

 

なんていうのか、

子供には

家族のことに口出しをする権利はありません、

家族のことを考える必要ありません、

むしろ、触れるな、

みたいな、そんなものを

ずっと、感じていた気がします。

 

 

ほんとに、

それで、よかったのかな。

 

 

母が、何をどう選ぼうと勝手ですが、

その責任くらいもってよねって、

思ってしまいます。

おかしいかな。

 

 

蚊帳の外にほっぽり出しといて、

なんで、親の言うこと聞かないの!

って、おかしな話だなって、

思うんです。

 

 

子供の話を聞かないのに、

親の話は聞けって、、、

随分、乱暴だなーって。

 

それでも、わたしは、

大人になるまで

反抗期がなかったんです。

 

まぁ、他の兄妹が荒れてたから

母が頼りにしてきてたって

思っていたし、、、。

 

大学進学を機に、

親元を離れ、 いろんな価値観に触れ、

おかしいなーって思うことが

はっきりしてきたというか。

 

なんだか、このへんから

わたしは母とちぐはぐしてきました。

大人の反抗期到来。

 

 

母は、母なりに

必死に育ててくれたんだと思います。

子供4人を育てるって、すごいことです。

 

 

でもね、

意見をもつと押さえつけられる、

意見を言うと、ふさぎ込む、

それって、、、、

虐待に等しい気がするんです。

言い方が激しくなっちゃうけど。

 

考えを持つな、

意見をするな、

 

そんな人が社会に出て、

ばりばり働けますか。

 

 

 

 

わたしは、

その育児方法は、違うと思う。

どんな形であれ、(たとえ親の自分と違っても)

自分で考え、意見を持てるように

してやるべきだと思う。

 

だって、親は、子より早くに死ぬから。

死んだ後のことは、知りませんよ、は

あまりにも無責任です。

ひとりでも、それなりに生きていけるように

してやるのが、親の責任だと思うんです。

 

 

でも、

そんな教育をしっかり受けたわたしは、

今、結構な苦労をしています。

 

だからって、

恨んだりはないんですが。

もちろん、感謝もしています。

 

 

でも、わたしは乗り越えたいって思うんです。

 

 

 

 

母は、必死だった。

 

だけど、それは理由にはならない。

必死だったら、何をしてもいい

そういうわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

だから、離れる。

 

そう、思えたのは

わたしが子供を産んで

親になったから、なんでしょうか。

 

親とは?と

考えるようになったから、なんでしょうか。