双子とわたし、ときどき夫

双子育児(2016/9)と、ときどき夫 そんな生活。育児のこととか、日記とか。日々の暮らし。

『普通』に憧れる話 1

こんにちはフジセイです。

 

今回は、ダークサイドです。

あ、暗いです。苦手な方は、スルーしてください。

双子の話も出てきません。悪しからず。

それから、お涙頂戴というつもりでも

書いていません 。

 

 

 

わたしは、『普通』に憧れています。

普通の家族、普通の幸せ、普通の、、、

 

それは、わたしのルーツに関係してるのかもな、と

薄々感じているのですが。

 

そんな誰も興味ないだろうことを

つらつらと書いていこうと思います。

そして、ゴールもなく。笑

気の済むように、つらつらと。

 

 

なんでかなー??

最近、やたら父の存在を感じるのです。

父は、わたしが大学のときに亡くなっています。

(霊感的なものは、ありません( ´-ω-)σ)

また、その亡くなり方がサスペンスかな?

というような亡くなり方で。

良い機会かな?と思って、自分自身を

振り返ってみることにしました。

 

 

わたしの両親は再婚同士です。

 

母は、連れ子で結婚したので、

わたしには、8つ上の兄がいますが、

血が半分しか繋がっていません。

また、父繋がりの姉もいますが、

ほとんど顔を合わせたことはありません。

 

わたしの下に3つ離れた妹と、

4つ離れた妹がいます。

 

わたしは、四人兄妹として

成長していきました。

(四人兄妹といっても兄とは8つも離れているので、遊んだ記憶がほとんどないのですが)

 

わたしが物心つくころには、

両親は、よく喧嘩をしていました。

逆上する父の怒号が怖くて、

布団の中で、

「早く終われ、早く終われ」と

神様にお願いしながら泣いていました。

 

兄は、母を守るために喧嘩の仲裁へ

入ろうとして、よく泣いていました。

いつからか、気づいた頃には、もう仲裁に

入らなくなっていました。

 

小さな妹たちは、喧嘩に気付かず眠っていました。

 

父は、よく暴力もふるっていました。

子供にはふるったことはありませんが。

母に、瓶を投げつけて

頭から流血して、救急病院へ

縫ってもらいにいったということもありました。

なんせ、父は怖くて仕方ない存在だった。

 

家の隣は、おじいちゃん、おばあちゃんが

住んでいたのですが、そんな父を

おじいちゃん、おばあちゃんは、

止められなかった。

 

おばあちゃんもよく泣いていました。

電気ポットをガラス戸に投げられて

ガラスが足にささったり、、、

暴言を浴びせられて、、、

大好きなおばあちゃんが、

泣いているのも辛かった。

 

でも、ずーっと喧嘩してるわけじゃないんです。

夫婦仲良くしてるときもあったし、

子供たちとも遊んでくれるときもあったし、

仕事で不在のことも多かったし。

 

 

そんなこんなでわたしも

大きくなっていったんですが。

 

忘れもしない、

わたしが小学1年生のとき。

 

 

母が、兄を連れて出ていったんです。

学校から帰ったら、母がいなくなっていた。

 

今、思えば、父の態度に

耐えられなかったんだろうとわかるんですが。

小学1年生のわたしには、理解なんて

できるはずもなく、、、

わたしに残ったのは『捨てられたんだ』って

いう記憶。ほんの、数日のことだったんですが、

おばあちゃんの家で過ごした時間は、

今でも、思い出すと涙が出ます。

母は、きっと落ち着いたら迎えに行こうと

思ってたんだと思うんですが。

そんなこと、子供のわたしには、わかりません。

し、わかっちゃいけないとも思う。

 

 

『お母さんにとって、わたしは大事じゃないの』

って、神様にどれだけ聞いたか。 

 

小さな心と体では、

そんな出来事はうまく処理ができません。

 

泣いて、泣いて、

大好きなおばあちゃんを困らせたことを

覚えています。苦しかった。辛かった。

 

 

 

いつか、この記憶も

許せるときがくるのかしら。

 

 

不思議なことに、

母はそれでも父を愛していたんだと思うんです。

 

つくづく、自分勝手だなって

思うんですが。

 

 

長くなるので、いったんここで。